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- メニューは1000円以下のランチから、1万円のフルコースまで幅広いラインアップ。レンガのアーチ型の入り口は、パリの歴史あるビストロのような風情が漂います
バーテンダー歴は60年。すっと背筋を伸ばしてシェイカーを振る姿には、かくしゃくとした気品が漂います。日本バーテンダー協会旭川支部の常任相談役を務めるレストラン仏蘭西亭のオーナー、紙谷侑さん。昭和30~40年代の華やかな時代から、オイルショック、バブルを経て現在まで、旭川のネオン街の変せんを見つめてきました。
後志管内・岩内町出身。高校卒業後、いとこの店を手伝うため、旭川に移りました。当時は全国的にカクテルブームで、さんろく街にも東京・銀座など大きなまちで腕を磨いたバーテンダーが何人もいました。紙谷さんは、そうした先輩の手ほどきで、カクテルのイロハを学びます。時は高度経済成長期の入り口に差し掛かったころ。サラリーマンは会社帰りにバーに立ち寄り、カクテルや水割りを口にするようになったのもこのころです。
「さんろくが一番にぎわっていたころじゃないかな。接待なんかもよくあって、良くも悪くも大らかな時代でした」
その後、紙谷さんはステーキハウス「葡萄屋」の支配人を経て、35歳で独立。店の屋号は、故郷の岩内町ゆかりの文豪、夏目漱石の本で目にしたハイカラな雰囲気が気に入り、「仏蘭西亭」と名付けました。カクテルや食事が楽しめるサパークラブであり、庶民的な洋食屋であり、子供が初めてテーブルマナーを学ぶ場でもある。ビストロのように手軽に、でもおもてなしは格調高く。誕生日などお祝いごとで年に数回、必ず利用してくれる古くからのお客さんや、親子3代、4代にわたって足を運ぶ人もいます。ママがメモした、お客さんの誕生日のデータは400組近くに上ります。
移り変わりの早い繁華街で、熟成された古酒のように、長い時間をかけて人々の記憶が静かに積み重なっていく。ビンテージワインにも通じる味わいがここにはあります。











馬場 博文さん 